●高坂弾正昌信
武田信玄・勝頼の二代に仕える。武田二十四将の一人でその中でも武田四名臣と言われる。海津城初代城主となり、第4回川中島の戦いでは妻女山攻撃の別働隊大将をつとめた。52歳で病没。「甲陽軍鑑」は高坂の遺記を基に書かれたもの。美童であったと言われ、若き信玄の寵愛を受けたと言われる。


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