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モデルコース
見どころ満載な長野市。おすすめの観光モデルコースをご紹介します。
特集 風林火山
所要時間 / 約3時間
長野市川中島は、2007年NHK大河ドラマ「風林火山」のクライマックスを飾った舞台。
川中島の戦いゆかりの地をめぐるミニ周遊コースをご紹介します。
八幡原(はちまんぱら)史跡公園
第四次川中島合戦の主戦場となり、武田・上杉両軍の兵3万余が激突した八幡原。信玄・謙信一騎討ちの像をはじめ、両雄一騎討ちの壮絶さを伝える三太刀七太刀之跡(みたちななたちのあと)、隣接する八幡社などの史跡がそこここに。それぞれ詳しい解説つきで、不意に訪ねても歴史の一端を垣間見ることができます。
胴合橋(どあいばし)
上信越道長野ICから長野市街へ向かう県道沿いのおぎのやドライブイン駐車場脇にひっそりとたたずむ、小さな石橋。川中島合戦で討たれた山本勘助の首を家来たちが上杉軍から取り返し、探し出した胴と合わせた場所といわれています。
妻女山(さいじょざん)
千曲川南岸に位置する標高371mの山。第四次川中島合戦のとき、この山頂に上杉謙信が陣を置き、武田軍の動きをうかがっていたといいます。
山本勘助の墓
武田軍の軍師山本勘助は、第四次川中島合戦で自ら考案した「きつつき戦法」が上杉軍に見破られ、自軍を窮地に立たせたことに責任を感じて、本陣を守るために奮戦しましたが力尽き討死にしました。かつてはこの南方の高畑にあった墓を、元文4(1739)年に松代藩家老鎌原重栄(かんばらしげひで)らが武田信玄が改築し両軍の戦死者の霊を祀った信州柴阿弥陀堂の境内に遺骨とともに移し、墓碑を建てました。信州柴阿弥陀堂と山本勘助墓所を代々守護してきた吉池家のご当主によれば、墓碑に刻まれた漢文は、勘助の来歴や川中島合戦の解説、墓地移転の経緯などを記したものだそうです。
謙信槍尻之泉(やりじりのいずみ)
詳しくは第4次川中島の戦いで上杉謙信が妻女山に本陣をかまえたとき、槍の尻で地面を突いたところ、水が湧き、泉ができたといわれています。現在も水が湧き出ている場所には、地元有志の人々によって石碑が建っています。
会津比売神社
詳しくは会津比売神社は、信濃国造[しなののくにのみやつこ]の建五百建命[たけいおたつのみこと]の妃で、諏訪大神の後裔といわれる会津比売命[あいづひめのみこと]が主祭神とされる古社。現在も岩野地区の氏神様として深く敬われています。
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