お土産にもおすすめ! 個性豊かな地酒を醸す長野市の酒蔵探訪



創業150年。酒蔵見学もできる市内唯一の登録有形文化財指定の酒蔵「東飯田酒造店」。歴史ある建物と兄弟妹3人が杜氏という魅力を最大限に生かし、さまざまな挑戦に取り組んでいる様子を取材しました。

全国で二番目に酒蔵が多く、約80の酒蔵を数える長野県。山々がもたらす清らかで豊富な水と自然豊かな気候により、各地で良質な地酒が育まれています。なかでも長野市には6つの蔵があり、上質な酒造りに欠かせない冬の厳しい寒さも生かしつつ、それぞれが個性的で力強い酒を醸しているのが特徴。創意あふれる造りに取り組む情熱的な酒蔵が多く、風味の幅が広いのも魅力のひとつです。各蔵の地酒からは、造り手のこだわりや人柄も感じることができます。

「犀川河畔、市内唯一の登録有形文化財指定の酒蔵」



6蔵のひとつ、「東飯田酒造店」は、代表銘柄「本老の松(もとおいのまつ)」を醸す慶応元(1865)年創業の老舗酒蔵。明治初期に建てられた酒造蔵と土蔵、漬物蔵、客間が国の登録有形文化財に指定されています。酒造蔵の階段は創業当時から使われているもので、裏側に書かれた竣工当時の棟梁の署名が、150年以上にわたる蔵の歴史の証。この酒造蔵を中心とした酒蔵見学(要予約)が楽しめるのが、東飯田酒造店を実際に訪れたくなる理由のひとつです。



ちなみに、一帯の長野市小松原地区は犀川のほとりに位置し、かつては松林が広がっていた地域。江戸時代には現在のように犀川沿いの陸路が発達しておらず、松本方面への人や物資の往来は船を利用していたそうで、善光寺平と松本を結ぶ港町、宿場町として栄えました。そのため、東飯田酒造店のほかに隣接の「西飯田酒造店(江戸時代末期創業)」も誕生し、小さな集落ながらふたつの酒蔵がある特徴的な地域となっています。

「ひとつの蔵に3人の杜氏⁉ 兄弟妹が取り組むユニークな酒造り」



東飯田酒造店には酒造りにも大きな特徴があります。6代目杜氏(最高醸造責任者)の飯田淳さんを中心に、兄の怜さんと妹の美由紀さんの3人が、1本ずつ“責任仕込み”というスタイルで醸造しているのです。一般的な酒蔵では杜氏の監督のもと、蔵人(職人)が酒造りに励みますが、この「杜氏と蔵人」という従来の構造から脱却し、3人それぞれが種類ごとに担当を決め、酒の設計から瓶詰めまでの責任を担っています。つまり兄弟妹が“全員杜氏”。こうした体制はほかの酒蔵ではなかなか類を見ません。令和時代の新たな挑戦をめざすなかで、このかたちにたどり着いたそう。今回はそんな3人の案内のもと、約30分の酒蔵見学をしながら酒造りの話を伺いました。

「伝統の設備に詰まった昔ながらの知恵と工夫」



まず案内してもらったのは、酒米を蒸す昔ながらの大きな和釜です。現代の酒蔵の主流はボイラー式ですが、東飯田酒造店ではバーナー式の和釜を現役で使っています。約500リットルの水を釜いっぱいに張って、その上に最大600kgの米を蒸すことができる甑(こしき/大きなせいろ)を載せて地下のバーナーで釜を焚き、蒸気を起こして甑の酒米を蒸し上げるのです。一番の特徴は、地下で螺旋状に組まれたレンガの間を火が通り、炎が満遍なく循環するので、ムラなく釜の水を沸かすことができること。結果、米の蒸し上がりも均一になるという昔の人の知恵が生きた設備です。



真冬の冷たい空気のなか、蒸気が勢いよく立ち上ると、蔵の内部は真っ白になって、建物からはもうもうと水蒸気の煙が上がり、それがご近所にとっては「今年も酒造りが始まった」との風物詩になっているのだとか。こうして蒸し上がった米は放冷し、麹(こうじ)造りや酒母造り、掛け米(もろみ造り)に使用されます。

「酒造りに適した中硬水の犀川水系伏流水」




ところで、和釜の中をよく見ると、白い付着物が削り取られた跡があるのがわかります。どうやら、一帯の犀川水系の伏流水はミネラルが豊富な中硬水で、火にかけると水中のカルシウムが白く釜に付着してしまうのだとか。放っておくと2mmほどの厚さになって熱効率が落ちてしまうので、春先になるとグラインダーで削り落としているそうです。

そんな一手間はかかりますが、中硬水に含まれるカルシウムやマグネシウムはもろみ(日本酒になる前段階の発酵中の液体)の中の微生物のえさになるため、酒造りには適しているそう。仕込み水に中硬水を使うと、辛口で輪郭のはっきりした“いかにも長野の地酒”といえる力のある日本酒になるのだと淳さんは話します。

とはいえ、長野市内でも地域が変わると水質も異なり、この犀川水系伏流水を使っている造り酒屋は、東飯田酒造店のほかは、隣の西飯田酒造店だけ。淳さん曰く「水質の地域差も楽しめるのが長野の地酒の面白さ」とのこと。ちなみに、昔はこの酒蔵の敷地内だけでも井戸がいくつもあったほど、長野市は伏流水が豊富だといいます。今でも地中には網の目のように水脈が走り、水道局の職員も把握しきれていないほどで、その豊かな水が長野の各蔵の個性を生み出しています。

「小規模手造りで丁寧に醸す」



この和釜以外にも東飯田酒造店には昔ながらの設備が多く残り、人の手を介した丁寧な酒造りが行われています。蔵人は基本的に3人で、役割分担をして取り組みますが、なかでも酒造りを左右する重要な作業が麹(こうじ)造りです。日本酒業界には「一麹、二酛(もと)、三造り」という格言がある通り、麹の出来がよいと次の酛(酒母)もよくなり、さらに優れた造りができるとされています。麹とは蒸米に麹菌を繁殖させたもので、室温が40℃にもなる麹室(こうじむろ)で麹菌をふりかけた蒸米を手で混ぜ込んで造ります。真冬は室から出ると体から湯気が出るほど汗だくになるハードな作業。その後、早朝、深夜を問わず2時間おきに3人で交代で発酵の様子を見て、約50時間かけて麹を完成させるのです。

なお、麹菌の繁殖過程で別の菌が混ざってしまうことは酒造りにおいてご法度。そのため、仕込み期の11月から3月にかけては、酒造りに関わる者は、菌の繁殖力が強い納豆や、ヨーグルト、キムチなどの乳酸菌を含む食品、みかんといった柑橘類を食べることは厳禁です。酒蔵見学者にも、予約時には念のため、該当のものを食べているか確認するそう。とくに麹室は菌の繁殖に適した室温・湿度になっているため、細心の注意が必要です。東飯田酒造店に限らず、見学の際は守りたい、日本酒業界ならではのルールです。

「じっくり時間をかけて搾ることで酒質をアップ」



さて、こうして造った麹と米、水をもとに発酵させたもろみを圧搾機で搾ったら、日本酒が完成します。圧搾機は大型のアコーデオンのような蛇腹状の設備で、何重ものフィルターの板にもろみを送り込んでろ過しながら圧縮空気をかけ、1〜2日間かけてもろみを液体(日本酒)と個体(酒粕)に分けていきます。東飯田酒造店では現在、圧力を昔の半分に抑え、じっくりと搾ることで酒質を上げるよう工夫をしています。「少しでも手間を加え、よりよい酒を造ろうと取り組んでいます」と淳さん。搾った日本酒は、貯蔵蔵のタンクで貯蔵されます。

「責任醸造の地酒は試飲販売店舗で購入を」



それにしても3人は「喧嘩をすることもある」とのことですが、会話から仲のよさが伝わってきます。このチームワークも、東飯田酒造店の強みでしょう。試飲販売店舗では、各自が責任醸造する地酒の購入が可能です。人気No.1は、アニメや漫画好きの美由紀さんがアニメソングを聴かせて醸す「本老の松 純米吟醸 澄」。また、淳さんが仕込む「本老の松 山廃仕込み 恋」は「昔ながらの重たい酒」という山廃仕込みのイメージを払拭する一本で、怜さんは日本酒初心者にも飲みやすくアルコール度数を感じさせない「本老の松 純米酒 艶」を仕込んでいます。いずれも、日本酒を飲み慣れていない人や女性客からも好評で、各造り手のキャラクターを感じることもできます。

「古きよき酒造りを楽しめる展示スペース」



試飲販売店舗の2階は、かつて酒造りのシーズンに季節雇用として東北地方から訪れていた杜氏や蔵人用の休憩所を改装した展示スペース。日本酒の量り売りをしていた時代の「通い徳利」や、熱燗を保温する特殊な道具、金属が貴重だった戦時中の陶器製湯たんぽなど、昔の蔵人たちの生活用品や酒造りの道具が展示されています。一角には、3人の父で社長の慎さんと美由紀さんがキャラクターとして登場している漫画『けいさつのおにーさん』も。長野市の権堂町交番を舞台にした4コマ漫画で、掲載までの経緯は、ぜひ酒蔵見学でお聞きください。

「今では貴重な鏝絵が残る客間のレリーフも必見」



見学の際は、広い庭の一角にある客間の外観も見逃せないポイント。新酒のお披露目や冠婚葬祭の際に使われた空間で、大きな特徴が、鏝絵(こてえ)と呼ばれる壁面のレリーフです。縁起のよい松の木と2羽の鶴が描かれた漆喰装飾で、名家である証とされた鏝絵が今も残る屋敷は貴重だとか。昔は色鮮やかな装飾が施されていたそうで、よく見るとうっすらと緑や茶色などが浮かび、かつての華やかな色彩に思いを馳せることができます。また、客間の屋根の上にはシャチホコのほか、四隅には火事の魔除けとして龍や鳥など4つの神が祀られているのも、この蔵が大切に守られてきた特徴です。

歴史ある建物と兄弟妹3人が杜氏という魅力を最大限に生かし、さまざまな挑戦に取り組んでいる「東飯田酒造店」。淳さんは昭和59年生まれの長野県内の酒蔵跡取り息子5人からなる「59醸」というユニットも組んでおり、ひとつの蔵元でこれだけ話題が豊富なほど、長野市の酒蔵は個性豊かです(ちなみに、59醸のメンバーの一人は隣接の「西飯田酒造店」の飯田一基さんでもあります)。

日本酒は「難しい」「悪酔いする」といったマイナスイメージも持たれがちですが、酒蔵見学やお土産の購入から、長野の地酒の“体験”と“味わい深さ”を楽しんでみませんか。

データ
東飯田酒造店
住所:長野市篠ノ井小松原1724
TEL:026-292-2014
営業時間:9:00〜16:00
定休日:第2・第4日曜日
関連サイト:https://www.motooi.com/
備考:
・酒蔵見学は基本的に要予約で、1回あたり1〜20人まで対応可能です。
・見学時間の所要は約30分、試飲する場合は45分~60分ほどです。
・試飲は無料です。ただし、運転者の飲酒はご遠慮ください。

<北ながの酒蔵オープンデイ2021>

今回お伺いした東飯田酒造店をはじめ、長野市を中心とした“北ながの”エリアの酒蔵を紹介するYouTube Live「北ながの酒蔵オープンデイ2021」を10月17日に配信しました。

各酒蔵自慢のお酒と、そのお酒に合う北ながの地域の郷土食などを紹介しておりますので、是非ご覧ください!!

北ながの酒蔵オープンデイ2021(YouTube Live)
https://www.youtube.com/watch?v=EWMdjwk7dko

北ながの酒トレイル・プロジェクト公式ウェブサイト
https://sake-pjt.com/

また、北ながのエリアの地酒は、東京・銀座で運営している「銀座NAGANO」のショッピングサイト「NAGANOマルシェ」でもお買い求めいただけます。

NAGANOマルシェ
https://nagano-marche.com/shopbrand/ct225/

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